ひらがな たち 〈2008〉ひらがな たち (2007年8月作) 半世紀前に習ひし先生につきて再び書法を学ぶ 雁皮紙と筆の穂先の擦れ合ひてピアニッシモの夕風の音 単純な字ほど手こずる筆運びいろはの〈い〉の字もう一度書く 〈り〉が少しメタボになりしやうな〈い〉は心の広き壮年の父 直線を途中でまろき線に変へ〈ろ〉の字あんがい世渡り上手 海よりの風に膨らむ鯉幟カナダの空を〈に〉の字に泳ぐ ジェット機の窓に見下ろすロッキーは〈へ〉の字〈へ〉の字の山の連なり 口開き何かひとこと言ひたげに〈と〉の字わづかにその身乗り出す 風邪ひきの甘えん坊がぐづりつつママと「り」の字になりて寝に就く 耳を立て背中をまるめ地に低く〈ぬ〉は野うさぎが餌を食む形 岩木山(いわきやま)の蹲踞の姿(かたち)想はせて〈る〉の字どつしり腰を落とせり (岩木山=境川部屋力士 19年7月場所では十両東筆頭) 足を止めふつとこちらを振り返る見返り美人やうな〈を〉の線 子を背負ひ〈か〉の字のやうに歩みし日背中はいつも暖かかりき 〈ね〉の字の背〈れ〉の字に伸ばし「うむむん」と黒猫タイガー目覚めの儀式 裏庭の畑の胡瓜根性のよろしくなくて〈つ〉の字にまがる クッションに〈ね〉の字に憩ふ雌猫が胡散臭げに薄目を開ける 身をまるめ足も縮めて横を向く〈ゐ〉の字は少し自閉症気味 一服のおうすの仕上げに〈の〉を書きて茶筌をすつと茶碗より抜く 四股を踏む力士のごとく堂々と〈お〉は重心を低く保てり 手を上げる体操選手のフィニッシュに若き乳房が〈く〉の字に尖る 〈く〉のやうに身体を反らせ目を閉ぢてトランペッター高音のソロ レジ袋左右に提げてスタスタと〈ふ〉の字の夫が店を出て来る 両側にしがらみありて危ふくも〈ふ〉の良心がバランスをとる ややこしく迷路のやうな〈ゆ〉の一字温泉宿の暖簾に揺れる 朝採りをさつと湯掻けば〈し〉の形(かた)に旬の隠元みどりあざやか しるこ屋のメニューの〈し〉の字書き出しが少し滲みてとろりと甘い 「グランマの〈し〉はJ(ジェイ)の字と同じだね」「そうかな?マーク、よく見てごらん」 やはらかに光る〈ひ〉の字にもぐりこみ浅き夢見るほろ酔ひ心地 いろはうたに付け足されたる〈ん〉のやうな夫と二人のコニャック・タイム ひらがながそれぞれの表情(かほ)持ちはじめ光穏しも北の黄昏 ジャンル別一覧
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